FC2ブログ
03
TOP IMAGE
http://isaomk2.blog28.fc2.com/

2011-03

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

旭市の災害復興ボランティアに行ってきました

 先日26日。所属している市原青年会議所の有志達二十数名と共に、今回の地震で津波の被害に遭われた千葉県旭市まで復興支援のボランティアに行って参りました。
 今回の地震は東北、特に宮城県や岩手県の惨状や原子力災害がクローズアップされておりますが、我が郷土千葉県でも津波による被害が発生しており、多くの人命が失われております。
 亡くなられた方の数で被害の規模を図られるのは、客観的に見れば仕方の無い事なのかも知れませんが、やはり大きな被害の出た茨城県沿岸部と共にあまり大きく報道されていない様なので忸怩たる思いを持っておりました。

 なので、今回の話を持ちかけられた時には即決で返事をして臨んだのでありますが……
 いざ集合場所に行ってみますと、既に数百人規模の方々が集まっておりました。聞けば先週の土日は更に多くのボランティア希望者が集まったらしいです。数多くの同志を目の当たりにする事ができ、大変心強い気持ちになれました。
 
 現地では五人ほどの人数で班を作り、行動します。
 僕は、近くで集まっていた青年会議所のメンバー二人と、やはり近くで並んでいた地元のボランティアの方二人で班を組み、建築系の仕事をしている会議所同志の牧野君をリーダーとして行動致しました。
 班ごとに、支援を必要としている人の元へ派遣されるのですが、我々の班はいちばん海よりの地区にあるお宅の瓦礫撤去と仮説トイレの設営を依頼されました。
 そして現場へ向かい、初めて津波の被害を目の当たりにしたのですが。
 
 正直、言葉を失いました。

 現場は沿岸に沿って県道が走っており、その道路の海沿いは遊歩道を兼ねた1m程の堤防となっております。その堤防の反対側は2~3m程落差があり、そこから目視で2~300mくらい砂浜が続き、ようやく波打ち際が見えます。そしてその先には至る所に消波ブロックも設営されております。
 にも、かかわらず。
 海を背にして集落を顧みてみますと、どの家屋も一階部分は大きく損壊し、辺りは大小の瓦礫にまみれております。我々が担当したお宅は海際におそらく倉庫か何かと思われる建屋が有り、その奥に住居が増設するように立ち並んでいたのですがその海沿いの建屋が基礎の部分までもが波にさらわれていて、何本もの柱が土台も無いままゆらゆらと天井から揺れておりました。正直いつ崩れてもおかしくない状況です。

 その建屋の海沿い、30坪程の空き地をとりあえず整地して、仮説トイレを設置するという段取りで作業を開始。各々まずは瓦礫の撤去を始めました。
 空き地に足を踏み入れてみると、足元の土がまるで耕した畑の様に柔らかいんです。
 それはすなわち、津波がもの凄い勢いで全てを巻き込みながら、あの辺りを通り過ぎたという紛れも無い証拠であります。そして手元の瓦礫を良く見てみますと、大部分は破損したブロック。しかも一部には錆びた鉄筋も入っております。
 つまり、この空き地は元々ブロック塀で囲まれていたのでしょう。それを津波がごっそりと巻き込み、粉砕していった訳です。しっかりと鉄筋が入った壁を、です。
 ちなみに、僕達が現地に行ったのは災害が発生して実に二週間後。それでこの有様なのですから、当日はどの様な様相だったのか、想像すらできません。
 そして想像できないといえば。先述した様に、家屋から堤防を挟んで数百m先で今は穏やかに波打っている海。それがこの場所まで襲い掛かり、家屋を破壊する程の水位にまでなったという事がどうしてもイメージできませんでした。
 普段よりアマチュア小説家を自称し、日々妄想と想像、そして創造を繰り返して鍛えた筈だったのですが……

 それでも気を取り直して作業。なんとか午前中に整地とトイレの設営を終える事ができました。
 そして午後からはそちらのお宅周りの清掃を手伝う事にしたのですが。

 当日。作業に入る前に、僕らは幾つかの注意事項を聞いておりました。
 その中のひとつに、『ごみか、ごみじゃないかを簡単に判別しない』という事がありました。一見それがごみに見えても、被災された方にとってはそれはかけがえの無い思い出の品であるという事も大いに有り得るからです。
 そして、特に注意すべきは写真の類。
 写真や、それに準じたものには手を触れるな、という達しがされておりました故、我々はその庭に散乱していた写真やネガをあえて触れずに放置しておりました。
 すると。
 午後になり、一緒に片づけをしていたそのお宅の方が、写真を指差し、
「あれも処分してもらえませんか?」
 と呟きました。
 それを聞いた我々は当然当惑したのですが、たまたまその場で最年長だった僕は、意を決して
「申し訳ありません。僕達はああいったものは触ってはいけない決まりになってまして」
 と答えました。
 すると、その方は
「いいんです。死んじゃいましたから、置いておきたくなくて」
 と一言。
 僕達は何も言い返せず、小さく返事をしてそれを拾ってごみ袋に入れました。

 その後は誰も言葉を発せず、黙々と作業。活動期限の午後三時を少し前にして現場を撤収し、何故か背中に後ろめたいものを感じながらそのお宅を後にしました。
 帰り際、仲間がぼそっと、
「俺達、少しは役に立ったよな」
 と呟いていました。きっと彼も僕と同じ様な思いに駆られていたのでしょうね。
 僕は取りあえず、
「そうだな」
 と、答えるに留めました。


 現地の惨状をこの目で見て、改めて震災の恐ろしさを知ると共に、この国難を乗り越える為に微力ながら自分にできる事を見詰め直そうと決意した一日でありました。
スポンサーサイト

おふ☆れぽ! ~榊一郎 ラノベのレシピ拝聴編~


 
 今回は、去る二月二十七日に行われた『トークライブ【榊一郎 ラノベのレシピ】及び渋谷パルコにて行われている榊先生の展示会に皆でイこうオフ会』についてのレポートをさせて頂きます。

 今までにも過去数回、小生思うがままにグダグダと書かせて頂いておりました。
 が。
 先日、ツイッターにて漢仲間の庵さんより、
「オフレポ楽しみにしていますw」
 と、地味に小生のハードルを上げるお言葉を頂戴致しました。

 ダメだよ小生期待されると変に力入っちゃってつまんない小ネタとか無駄に挟んで結果的にだだ滑りとかしちゃうんだから! 本当だから!
 ……さて。
 実を申せば今回のオフ会も、小生の 強敵と書いて『とも』と読む 盟友にして最強の敵、あくあたんことAQUAさんより、
『だれか榊先生のイベント行かね?』
 というツイッターでの一言に触発されて始動致しました。
 当然、小生はいつもの様に『ウォンチュー!』と返答。じきに小林夫妻を始め数名の参加表明があり、いつもの様にユルユルなオフ会が開催される事となりました。
 
 ひとつ問題があるとすれば、それは――
 小生が、その榊一郎先生の作品を一作も読んでいないという事でしょうか(キリッ

 という訳で、今回もいつもの通り、無駄に長い割には内容の薄いオフレポです。
 例によって例の如く、お暇な方と心の広い方のみ、お付き合い下さいませ。
 では、スタートゥハッ!

Read More »

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

いさおMk2

Author:いさおMk2
某県某市某所にてショットバーを営んでいる、お笑い系バーテンダーです。
主に「ライトノベル作法研究所」というサイトさまにお世話になっております。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (47)
駄作劇場 (5)

カレンダー

02 | 2011/03 | 04
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。